央瀬(おうせ)町。
そこは、自然の緑が町の至る所に見られ、優しく吹き抜ける風と、やわらかな陽射しによって 穏やかな雰囲気の漂う町。
季節は、木々の葉を散らせる頃を迎え肌寒さを感じさせるが、 町は、そこに住む人々とそこを訪れる者皆に対して温かい。
十月の終わり。
一人の青年が改札をくぐり、やがて町の色に溶け込んだ。
その青年は、名を上条智也(かみじょうともや)といった。
この央瀬で生まれ、育ち、傷を負い、そして去っていった若者だ。
再び故郷に戻って来るまで、その間に流れた歳月は十二年。
「………」
青年は様変わりした町をゆっくりと見渡し、少しも表情を変えることなく歩き出した。
その手には一冊の本がある。
よほど読み返したのだろう、ぼろぼろになったその本は、何十年もの時を経た古書にすら見える。
『絶望という名の迷宮を抜けて』と題された本。著者は、城之内正義(じょうのうちまさよし)と言う。
現在、町の高台に建つ創法(そうほう)という大学の学長を務めるその人物は、広く門を開いて様々な人間の訪れを待っている。
青年は本を鞄に収めると、高台に建つ大学を目指す。
そこに、求めるものの答えがあると信じて…。
だが、そこで青年を待っていたものは、明確な答えではなく、新たな迷いと様々な道だった。
標となるものなど存在しない。
「未来を創り出すための方法を学ぶ」という意図のもと設立された大学で、やがて青年は知ることになる。
一人では振り払うことのできない闇が存在するということを、そして、光を得るための助けとなる、優しき心が存在するということを…。
優しき心は、ゆっくりと、だが確実に青年を包み込んでいく。
「悲しく孤独だった昨日が、誰かと出会って希望の明日が開ける」
と語り聞かせながら。
あとは青年の意志次第。
闇を甘んじて受け、深淵に落ち込むのか、あるいは、優しき心の助けを借り、共に光を得んとするのか。
全ては、青年の純粋な心に委ねられている。
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