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■翌日−校門前(朝)

 翌朝。

 天気は気持ちいいくらいよく晴れて、行き交う人々の顔もどこかはずんでいるように見える。

 学園が近づくにつれ、登校途中の生徒たちの姿が増えてくる。

【生徒A】「よっす、おはよー」

【生徒B】「ジュンちゃん、おはようっ」

【生徒C】「ん、なんや、今日は早いやん」

【生徒A】「まあねー」

 かしましい会話がそこかしこでかわされ、朝の風景をいろどっている。

 学園には一応規定の制服というものは存在するのだが、基本的には個人の裁量にまかされているため、皆思い思いにアレンジを加えて楽しんでいる。

 要は改造しても可ということで、なかには柔道着で登校する者や、ン百万もするオートクチュールを愛用しているお嬢さまなど、まあやりたい放題である。

 それでも別におとがめはない。
 学園の校風は「自由」を最良のモットーとし、制服はいうに及ばず、恋愛も、留年も何ら制限されることはない。

 学園で、三十路過ぎの年配者に挨拶したら、実は現役の先輩だったという、ホントかウソかわからないような逸話さえ残っている。

 学園の登校風景は、だからなかなか華やかな見物でもあった。

【澪】「ホントにあっという間だね」

【薫】「そうだな」

【澪】「たしかに近いと便利かもしれないけど…もうちょっと歩いてみたいな」

【薫】「贅沢なやつだな。それはな、毎日そういう道のりを通ってないからこそいえることだぞ」

【澪】「そうかな。だってボク身体動かすの好きだし…それにきっとふたりなら…楽しいよ」

【薫】「その愉快な想像じゃ僕もつきあうことになってるのか?」

【薫】「面倒だな…僕は寮でいい」

【澪】「もお…すぐそういうこというんだから。ご主人さま…もっとハツラツと生きなきゃ」

【薫】「……ナマイキなことをいうのはその口か?」

【澪】「ひ、ひひゃいひひゃいごひゅじんさま〜(い、痛い痛いご主人さま〜)」

 薫にほっぺたをつねられ、なおかつ容赦なく引っ張られて、澪はバタバタと手足をばたつかせた。

 そんなふたりの行くところ、自然と周囲の視線が集る。主に薫がかき集めているのだが。

 そうこうするうちに、校門が見えてくる。

【薫】「……」

 校門の前後に押し合いへし合いして、団子みたいに人の山ができている。

 場所が場所だけに、非常に迷惑な集団である。
 生徒の通学に邪魔になることこの上ない。

 なにやってんだ、と薫がながめているうちに――そのなかのひとりと目が合ってしまった。

【人の山】「きたーー」

【人の山】「なにぃーっ」

【人の山】「おお、やつが鳳薫かぁっ」

 集団が湧き上がった。
 お目当ての人物を見つけたからだ。

【澪】「ご、ご主人さま〜っ」

 堰を切ったように、誰も彼もが我先にと薫に向かってダッシュをかける。

 その異様な迫力に澪が薫のそでをつかむ。

 剣道着、柔道着、軍服…テニス、サッカー、カバディ、水泳(水球かもしれないが見分けがつかない)……もうなんでもありだ。

 これは――。

【柔道】「鳳くんっ、オイとともにさわやかな汗を流そうたい!」

【サッカー】「未来のワールドカップがぼくたちを待っている。さあ、鳳くん、夢に向かってキックオフだっ」

【カバディ】「カバディカバディカバディカバディ……」

【和服】「ああーん、薫さまの点てられた御茶、いただきたいですぅ〜〜」

 ……。

【澪】「ご主人さま、こ、これってぇ……」

【薫】「勧誘だろうな……やっぱり」

 嘆息して、自分のまわりを取り囲んだ、すごいことになっている人垣を見やる薫。

 いまは互いが互いを牽制しあっているので何とか一線が引かれているが、この人数と勢いが一気に薫になだれこんできたら…たいへんなことになりそうである。

【凛々しい声】ちょっと待った」

 何奴っ。
 ……という感じで、いい争っていた全員の目が声の降ってきた方を探る。

【凛々しい声】「鳳殿は我が同好会がいただく」

【凛々しい声】「皆にはあきらめてもらおう」

 なんだとてめー。
 ……という感じに、場が剣呑な雰囲気に包まれる。

【凛々しい声】「拙者、剣豪同好会会長の西条龍姫(さいじょうたつき)と申す」

 拙者? 澪が目をぱちぱちさせる。

【龍姫】「よろしく、鳳殿…」

 すらりとした肢体を簡素な着物に袴という和装に包んだ龍姫は、時代がかった挨拶とともに頭を下げる。

 すずやかな、薫にも劣らぬ整った顔立ちで、肩までの長さの黒髪は後ろで束ねている。

 腰には、これも驚いたことに、刀を佩いている。
 まさか真剣なんてことは…いや、真剣なのか? もう何が起こっても不思議ではない感じである。

【和服】「ああーん、龍姫さまもいっしょに御茶を点てませんこと〜。そんな同好会よりずっと楽しいですわよ〜」

【軍服】「そうだ、廃部寸前の弱小団体は引っ込んでろ、シュコー。おまえのとこは自分もいれて三人しかいないんだろ、シュコー」

 何に使うのかも知れない、顔面全体をおおうマスクをかぶった軍服男が吠える。
 間違っても龍姫よりハンサムということはないだろう。

【海パン】「それもあんた以外はただの女子生徒だろ。あんたの追っかけで入ってるみたいなもんだって聞いたぞ」

【龍姫】「だからこそ鳳殿の力が必要だ」

【龍姫】「この千載一遇の好機、逃すわけにはいかん」

【軍服】「そんな勝手なことは認めーん、シュコー」

【龍姫】「ふん…端から穏便に済むとは思っていない……腰の佩刀は伊達ではないぞ」

 チャリ…と龍姫が鍔を切る音がかすかに響く。

 気色ばむ各クラブ、団体選り抜きの猛者たち。

【龍姫】「勝者が鳳殿を手に入れる…さもなくば…」

【龍姫】「……死ぬか?」

【山男】「おもしろい…それじゃ俺から行くぜ」

【山男】「ワンダーホーゲル部のワンダリングクラッシャー(自称)、山男の山男(やまお)とは俺のことよ」

【山男】「お嬢さん、山男には惚れるなよ〜ホッホ〜」

【龍姫】「御託はいい…銘刀「叢雲(むらくも)」の切れ味、とくと教えてやろう」

 白刃がひらめいた。
 抜いて、構えて、そして斬る。しかし常人には一挙動にしか見えない神速の妙技。

 居合いである。

 と同時に、山男の大きなリュックが地に乾いた音をたて、ひらひらとごつい衣服が宙を舞った。

【山男】「いやーん」

 パンツ一丁にされ、山男は恥ずかしい声をあげてうずくまる。しかし身体には傷ひとつついていない。
 信じがたい腕前だった。

 そしてそれを合図に――得物を抜いたことが引き金になって、鳳薫をめぐる早朝トーナメントの幕は切って落とされたのだった。

 ……。

【澪】「……」

【薫】「……」

【澪】「…す、すごいことになっちゃったね…ご主人さま…」

 事態のとんでもない展開に、呆然と澪がつぶやく。

【薫】「…凄いというかな…澪…」

【澪】「うん?」

【薫】「もっと深刻な、差し迫った問題があるんだよ」

【澪】「え、何? やっぱりご主人さまの知らないところで勝手に自分のことで話が進められて、怒ってる…とか?」

【薫】「…怒ってるというか、あきれてるというか…」

【薫】「いや、そうじゃなくて」

【澪】「え、なに? 何なの、ご主人さま?」

【薫】「いや……このままこいつらに付き合ってるとな…」

【澪】「うん」

【薫】「遅刻だぞ」

【澪】「ふぅん…」

【澪】「……って、ええ〜〜〜っ!?」

 あわてて校舎の高いところに備え付けてある大時計に目をやると……。
 たしかにそろそろチャイムの鐘が鳴り出しそうな時刻である。

【澪】「ご主人さま〜、こんな、初日から遅刻だなんてカッコ悪いこと、ボクやだよ〜」

【薫】「二日目だろ?」

【澪】「今日が初登校日なのっ」

【薫】「……」

【澪】「はやく、はやく…」

 澪が薫の制服を引っ張って、せかす。

 しかし薫は騒ぎの方を見据えたまま、動こうとしない。

【澪】「……ご主人さま…」

【薫】「澪……彼らは僕のことで争ってるんだ」

【薫】「いくら僕に直接関わりがないといっても、このまま無視するというのも、どうか……」

【澪】「……う…ん。それはそうなんだけど……」

 思わず澪は納得しかけて、あわてて打ち消す。

【澪】「いや、ぜったいおかしいよっ。ご主人さまに限ってそんなこというはずないよ」

【澪】「誰がいってもご主人さまだけは……あううっ」

 薫がほっぺたをつねりあげると、澪はなさけない悲鳴を上げる。

【澪】「だ、だってぇ〜、ご主人さまなら「知らないよ」とかいってさっさと行きそうな気が……」

【澪】「遅刻しちゃうし、そもそも余計なことはできるだけ……」

【薫】「あのな、澪…それは人の道じゃないんだ」

【澪】「……」

 薫の言葉に疑わしそうなまなざしを向ける澪。

【薫】「先に行ってればいいだろう」

【澪】「そんなこといっても……」

 それ以上澪にはかまわず、薫は興味深そうに騒ぎの中心を見やる。

 中心にいるのは――龍姫だ。

 彼を取り囲むように、各クラブの者が円を描いている。

 トーナメントというより、一対多数の様相を呈している。

 龍姫が倒れないかぎり、この状況は変わりそうにない。皆彼を倒してから、改めて勝負を組みなおそうという腹らしかった。

 そして、龍姫はそんな状況を楽しんでいるかのような、余裕の体さばきに見える。

 その刀の動きは、変幻自在。
 舞うように優雅な動きで、不意に抜き身が見えなくなれば、必ず誰かが戦線から離脱させられる。

【薫】「おもしろい…ここにも、ひとり、か。何なんだろうね、この学園は…」

 いよいよ渦中の乱戦をながめながら、薫はひとりごちる。

【薫】「言霊使いは引かれ合う……か。しかしどうしてここなんだ……」

【薫】「この学園に何があるっていうんだ……」

【薫】「……涼……」

 薫は気ぜわしい朝の空気も知らぬげに、ゆっくりと自らの焦慮に心を移していくようだった。

 ……。

 ――と。

【澪】「ん……あ、いずみちゃん」

 澪が道の向こうに知った顔を見つけて、声をあげた。

【いずみ】「え…ああ、澪ちゃん」

【澪】「おはようっ、いずみちゃん」

【いずみ】「ん、おはよー」

【澪】「? あれ、なんだか…元気ないことない…?」

【いずみ】「そんなことないって……はは」

 そういっていずみは笑顔を見せたが、それにしてはどこか疲れたような、けだるい雰囲気が見え隠れしているように感じられた。

【澪】「そう…」

【いずみ】「あーっ、何やってんの、ほら、時計見て見て、時間まわりそうよ。急がなきゃっ」

【澪】「ああ、そうだったんだ。ご主人さま、ホントに遅刻しちゃうよっ!」

【薫】「うん…ああ」

【いずみ】「うん…ああ、じゃないって。薫くんもはやくしなさいっ」

 少女ふたりに引っ張られて、薫はそのまま連れて行かれる。

 ……。

 ……そんな彼らの動向も知らぬげに、龍姫たちの戦いは、いよいよ熱く激しく燃え上がっているのだった。

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■屋上−ホームルーム前(朝)

 ……。

【男の声】「なんでしょう、こんなに早くから…」

 校舎の屋上。
 登校してくる生徒たちの流れが見渡せる、そんな時間である。

【女性】「わかってるでしょ。彼よ、彼」

【男の声】「彼?」

 問い返す声は、どこか皮肉な感じをはらんでいる。

【女性】「鳳薫。転校生の」

【女性】「……このところ、数年単位のスパンで、霊的な地場の揺らぎが増大してるのは、知ってるでしょ」

【男の声】「そうですね。ぼくら…というか、メイさんは、そのあたり、専門といえば専門ですからね」

【メイ】「はぁ、何も好きこのんでこんな家に生まれたわけじゃないわよ。やんなっちゃうわ、もう」

 メイと呼ばれた女性は、おおげさに嘆息して見せる。

【男の声】「でしたら深く首をつっこまなければいいですのに。柳(やなぎ)の姓を持つとはいえ、一応傍系なんですし」

【メイ】「そういうわけにもいかないでしょ。少なくとも知ってて無視するわけにはいかないし」

【男の声】「なまじ力を持っていると不幸ですね。それにぼくみたいにそれを使って好き勝手するというわけにもいきませんし」

【男の声】「なにせ家系が家系ですからね。背負っている責任が違う」

 声の主が、薄く笑う。

【男の声】「まあ、そういうお気楽に見えて、実は真面目なところがメイさんのいいところですよ」

【メイ】「はぁ。まったく、北司(きたのつかさ)の連中は何やってんのかしら…」

【男の声】「何って…とりあえず学園の秩序を守ってるんじゃないですか。曲者揃いのこの学園も、それなりに平和に治まってるみたいですよ」

【メイ】「近年の地場の異常…というか、不安定さね。これに気付いてないわけでもないでしょうに」

【男の声】「そこにきて、鳳薫……ですか」

【メイ】「…占術で出たわけよ。近く訪れるだろう未来の漠然とした形象と、その鍵になる…事象…人物。まず彼で間違いないわ」

【メイ】「うちの一族が修めるのは、運命論、未来決定論的な神秘哲学をよくする学問だからねぇ。同じ一門なんだから知ってるでしょ」

【男の声】「カバラ…ですか。それはよく存じてますよ」

【男の声】「ぼくら西欧由来の言語魔術の大元締めみたいなものですからね」

【メイ】「まあ、私は傍系ってのもあるし、奥義(ラーズ)の深奥の全てを把握してるわけじゃないけどね」

【メイ】「それに、私みたいな若いぴちぴちのおねーさんごときに簡単に習得できるようなら、わざわざ奥義とはいわないわよね」

【男の声】「……」

 男は「若い」「ぴちぴち」といったところはわざと聞こえないふりをした。

【男の声】「…それでそれだけの能力、力の持ち主なんですから、そら恐ろしいかぎりですね」

【男の声】「…メイさんにだけは逆らわないようにしますよ」

【メイ】「そうしなさい。それで、わざわざ来てもらった件だけど」

【男の声】「はい。わかってますよ。彼を探ればいいんですよね」

【メイ】「そう。…いい、あんま派手にやんないでよ。あくまで隠密にね」

【メイ】「いま学園は北司の持ち回りなんだから」

【男の声】「ご随意に」

【男の声】「でもぼくの能力、知ってますよね。どうしても陰湿になっちゃいますよ?」

 そういう男の調子には、どこか蛇を思わせるような底暗い響きがあった。

【メイ】「性魔術、ね…」

【メイ】「だから、あくまで、できるだけ、隠密にってこと」

【男の声】「はい。…話はそれだけでいいですか」

【メイ】「とりあえずいまはね。そろそろ朝の会が始まるんでしょ」

【男の声】「いまはホームルームっていうんですよ」

【メイ】「うっさいわね。早く行けっての」

【男の声】「性魔術ってのは人によっては不当に毛嫌いされたりするんですが…メイさんはそういうところ、さばさばしていますから、好きですよ」

【男の声】「ま、だからメイさんの手足をやってるんですがね。一門の偉い人ってこと以上に、個人的な感情でもメイさんにしたがってるんですよ…」

【男の声】「……それでは」

 男は音もなく消え、取っ手付きの重厚な鉄扉のきしみだけが、彼の退去を告げていた。

【メイ】「がんばりなさいね〜」

 誰もいなくなった屋上で、メイはひらひらと掌を振った。

【メイ】「ふぅ…」

【メイ】「…何が起ころうとしているのかしら」

 ……。

 メイは金網のフェンス越しに、小さな点にすぎない生徒たちの動きを見下ろしながら、つぶやく。

【メイ】「予感は…いつだって…何ごとかを示唆しているわ」

【メイ】「願わくば……よろこばしい希望(ねがい)であるように……」

 ひとり屋上にたたずむメイのつややかな髪を、風がなぶって通り過ぎていった。

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1999 (C)Cyberworks co. / TinkerBell 「Voice〜君の言葉に僕をのせて〜」