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【遼】「うろんなやつだな」

 遼の口調は控えめにいっても好意的とはいえない。

【紫音】「どうして…何か、したの?」

 遼の舌鋒を受けるかたちの紫音は、あまり興味もなさそうにいう。

 さっきからずっとこの調子で付き合わされているのだ。

【遼】「したというか…。昼の休憩だって結構な騒ぎだったらしいじゃないか」

【紫音】「そう…転校生のせいとは、聞いてない、けど」

【紫音】「…野次馬が勝手に集った、だけ…」

【彩】「そうそう…あれほどの美少年だもん。仕方ないんじゃないのぉ。少年っていうには、背丈がありすぎるけどぉ」

 横から口を挟んだのは彩で、彼女はふたりのやり取りを傍観する姿勢だが、あきらかに愉しんでいる。

 できるなら余計ややこしく引っ掻き回してやろうと無邪気な悪意でふたりを秤にかけている。

【彩】「あ〜、彩も見に行けばよかったぁ〜」

【紫音】「…どうして、行かなかったの?」

【彩】「そのときは知らなかったの。だって〜、まさかあんな浮世離れしたのがきてるとは思わないもの」

 ここで彩はちらりと遼の方に目をやる。

【彩】「しかも登校初日から恋人同伴…度肝を抜く登場の仕方よね。ただ者じゃないわ」

【遼】「恋人なの!?」

【紫音】「…ただの、知り合い」

 はからずもふたりの声が重なる。

 遼が、どっちなのよ、という目で紫音を見る。

【紫音】「…姓もいっしょ…親戚? よく知らない…兄妹じゃあない、みたい」

 紫音は、どっちでもいい、という表情をありありと浮かべていたが、とりあえず口に出してはそういっただけだった。

 …。

 ……。

 ………。

 一方、妙におとなしい男たちの方を見てみると――。

 窓側をひとりで占めている男は、暮れていく日をバックに書類に目を通している最中で、彩のすぐ隣に座っているもうひとりは……居眠りに精を出していた。

 寝こけていない方、真面目に仕事をしている方が生徒会長である。

 阿黒津克之(あくつかつゆき)――三回生。

 生徒会を束ねる会長で、それはつまり学園を束ねていることでもある。

 学園では日々さまざまなことが起こる。

 他所の高校も同様であるかどうかは定かではないが、少なくともこの学園においては、事件、騒動というものはすこぶる日常的だ。

 それを取り仕切り、押え込み、ときには力ずくで解決するという大仕事を、生徒会は一手に引き受け、とどこおりなくこなしている。

 生徒会は、というよりその役員たちは、だから一般の生徒たちには非常な畏怖と敬意の目で見られている。

 …はずである。
 なかにはそれに当てはまらない者もいたりするのだが。

 まあ、ともかく――だから、生徒会は名実ともに他のクラブや生徒たちの頂点に立っていることになる。

 そのさらにトップが、阿黒津であるわけだった。

【彩】「結局さ〜、何がそんなに気に入らないの、遼ちゃん」

【遼】「私の気持ちなんか問題じゃない。騒動に目を光らせているだけだ」

【遼】「だからその転校生にもさ、この学園のことをよく知ってもらって自重してもらうとか…」

【紫音】「まだ、何もしていないのに?」

【遼】「してからじゃ遅いだろっ」

【紫音】「あたしに、いわれても」

【彩】「遼ちゃんは、阿黒津ちゃんの手をわずらわすようなことは、全部キライなんだよね〜」

【遼】「な…私はただ、生徒会の一員として……」

【彩】「こわ〜い」

 激昂した遼から、彩は頭を縮めて身を退く。

 会話にもあがった阿黒津は、聞こえているはずだが、何の反応も示さい。

【遼】「もぅ、紫音も何かいってやってよ」

【紫音】「…知らない」

 ……。

 埒もないおしゃべりはずっと続くかとも思えたが、意想外の闖入者によってあっさりとそれは終わりを迎えた。

 意想外というか、闖入者というか、本来ならこの場にいなければならないはずの人間なのだが。

【男】「遅くなりました〜」

 無造作に、まったく申し訳なさそうなそぶりさえ見せずに、男はがらがらと元気よくドアを開けてその姿をあらわした。

 役員の最後のひとり、せせらぎ三四郎(さんしろう)だった。

 とても本名とは思われないが、本人もこの名前を名乗っているし、第一誰もそれ以外の名なんて知らない。

 見かけはさわやかな、非常な好青年だが、遅れてきて平然している態度ひとつにしても、どこかずれているような気がする。

 ちなみにのんきに居眠りをかましているのは、ジェームス羽倉崎(はくらざき)で、こちらは混血だかなんだかで、顔立ちも妙に彫りが深かったりする。

 ともかく、これで生徒会の面々は全員そろったことになる。

【遼】「何やってたんだ」

【紫音】「来たんだ…いつものこと、だけど」

 紫音の台詞、前半はひとりごと、後半は遼の言葉を受けたものである。

【三四郎】「いや〜、ね、反省してます」

【彩】「おはよう、三四郎ちゃん」

【遼】「おはよう?」

【彩】「また熟睡してて、寝過ごしたんじゃないの? よく生徒会のこと、覚えてたね」

【三四郎】「それが、今日は違うんだね〜。どう違うか聞かれても説明に困るんだけど」

【遼】「はぁ…いつものこととはいえ、なんでおまえはそうなんだ、三四郎。もう何をいっても聞きゃしないってのはよくわかってるけどさ」

【三四郎】「いやー、照れるね」

【遼】「三四郎と話してると頭痛くなってくる。これで副会長なんだからなあ」

【三四郎】「生徒会長がしっかりしてるから、副会長に出番なんてないんだよ。気楽でいいやね」

【紫音】「…いえてる」

【遼】「はぁ」

 めいめいが三四郎と愉快な会話をはずませているなか、ひとりそれに加わらなかった阿黒津が、ぱたんと手にしていた書類をテーブルに置いた。

【阿黒津】「よく来たね。…遅刻するのはあいかわらずですが」

 阿黒津の声は、場に軽い緊張を走らせたようだった。空気が引き締まるとでもいうか。
 調子はおだやかで、別段怒っている風ではないのだが。

 その一事を見ても、彼の人望、統率力の一端は知れた。

【三四郎】「ども、すいませんです」

 やはりどこか軽すぎる熱心さで、三四郎は頭を下げる。

 阿黒津にこんな応対ができる――いや、実際に実行に移している者は、学園中捜しても三四郎くらいだろう。

 彩などは阿黒津をちゃん付けで呼んだりするが、それは別に口調だけのもので、態度はさすがに先輩に対するものだ。

 阿黒津の裡に秘めた苛烈な性格は誰もが知るところだったからだ。
 またその厳しさは何も他人ばかりでなく、自身をも律している。

 それをこの男は平気で踏み越えているわけだ。
 阿黒津もなぜかそれを許している。

【三四郎】「こら、起きろっての」

 自分のことは棚に上げて、三四郎はいい感じのジェームスをポカリと殴りつけた。

【ジェームス】「うわっ、と、や、はっ!?」

 わけのわからない日本語を口ずさみながら、ジェームスも話の一員に無理矢理加えられる。

【阿黒津】「遅れてまでわざわざ顔を出してくれたんです…何かおもしろいことでもありましたか?」

【三四郎】「はてさて…。誰にとっておもしろいのやら」

【阿黒津】「……どうなんでしょうね」

【三四郎】「生徒会長」

【阿黒津】「はい」

【三四郎】「白鷺…涼…」

 三四郎の瞳がじっと阿黒津を凝視する。

【三四郎】「……という人、知ってます?」

【阿黒津】「……」

【阿黒津】「……いや、残念ながら…」

【三四郎】「……」

【三四郎】「そーですか。いやいや、会長なら何でも知ってそうな気がしたんでね」

 二カッとにこやかに笑みをみせるせせらぎ。
 白い歯が無意味にまぶしい。

【遼】「三四郎、おまえいきなり何をいってるんだ?」

【ジェームス】「そうだぜぇ〜〜〜。いきなり人の頭殴っといて、開口一番がそれかぁ〜〜〜」

 ジェームスが立ち上がって吠える。

【三四郎】「遅刻しちゃってつい気まずくてね〜。なんかアクションをおこさないと…」

【三四郎】「ごめんネ」

【ジェームス】「くぉー、そんなことで…」

【彩】「ねえねえ…で結局、いままで何やってたの」

【三四郎】「見てきちゃった」

【彩】「? 何を?」

【三四郎】「それはね、彩ちゃん…いまわざわざ見にいくだけの価値があるものといったら?」

【彩】「ポリショイサーカス?」

【三四郎】「うーん、惜しい…ポリショイはね〜、今ごろ北の大地を巡業中なんだね…」

【三四郎】「トーマス…立派なピエロになれたかい…」

【三四郎】「トーマスはね…「T」が彼のトレードマークでね…僕たちは、そりゃあ仲がよかったものサ…」

【遼】「…ソレは違ゥだろ」

【ジェームス】「噂の転校生か?」

【三四郎】「寝てた割にはよく知ってるね〜」

【ジェームス】「誰でも知ってらあ」

【彩】「聞かせてぇー、三四郎ちゃん」

 …。

 ……。

 ………。

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 一時の静けさ、落ち着きはあっという間にもとの、いや人数が増えた分より一層の騒がしさにおおわれてしまった。

 しかし……やはりそこからは距離を置いて、ひとり阿黒津は身をひるがえし、そっと窓に目を向ける。

 ガラス越しに、グラウンドが一望できた。
 夕刻の、人の姿も見当たらない、変わらずに続いていく毎日の、その1ページであるはずの風景。

 そう…変わらない。
 ありふれた風景、ありふれた日常。

 そこに当たり前にあって、誰も疑問に思わない。

【阿黒津】「……」

 ついと焦点を変えれば、その瞬間、さっきまで当たり前にあった風景は遠くかすみ、人の貌がそこに代わる。

 透明に反射する、自分の顔を瞳に映す。

【阿黒津】「……ょう…」

 三四郎の言葉が阿黒津の心の何を掘り起こしたのか。

 そして。

 ……。

 …目蓋を閉じれば、すべての、瞳に映ったものは消えていく…。

 …。

 ……。

 ………。

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 魂切るような、おめきとも、悲鳴ともつかない叫びが阿黒津を揺り起こした。

 生徒会室。
 皆が、ある一点を見つめている。

 いや、ひとり足りない。
 視線を引き付けているのは――かきむしるような悲鳴を吐き出しているのは、紫音だった。

【阿黒津】「いつからです!?」

 阿黒津が少々場違いが問いを発したのは、自分が目を閉じ、意識を芒洋と落とし込んでいた間に、周囲に対する感覚が曖昧になっていたからだ。

【遼】「い、いま、急に…っ!!」

 遼が蒼ざめていう。

【彩】「こんな…紫音……しおんッ!」

【ジェームズ】「何が……」

 紫音は背筋を反らせ、痙攣するように震えながら、耳に障るというより、声にならない苦悶を上げている。

 いまにも倒れこみそうになりながら、あやうい均衡が揺れる身体を支えている。

 ――何かが「降りてきている」。

【遼】「沙羅…沙羅さんを呼んでこないと……サイコダイブには戻し人が要るんだろう?」

【三四郎】「待て…!」

【遼】「どうして! はやくしないと紫音が……」

【三四郎】「もう遅い……始まった」

【阿黒津】「……」

 阿黒津たちの見ている前で、紫音の声は次第に明瞭な言葉をかたちづくっていく。

【紫音】「……来る…学園……」

【紫音】「学園に…嵐が…やって…来る……」

【紫音】「世界が……揺れる……危うく…なる…」

【紫音】「あ、ああ…見えない……その先は…!?」

 古代の巫術師さながらにトランス状態におちいった紫音を、固唾をのんで見守る面々。

 いや、阿黒津の目に宿るのは、冷徹に状況を吟味する光か。

【紫音】「終わり…始まり……彼が……運んでくる」

【紫音】「彼が……カレガッ…!!」

 瞬間、ビクリ、とひきつけを起こしたように硬直すると、紫音はそのままふらりとくず折れた。

【遼】「紫音ーーっ!」

 遼があわてて駆け寄る。

 紫音は、気を失っていた。

 紫音には常人とは異なる能力がある。
 サイコダイブと呼ばれる、精神感応の力。

 双子の姉妹である沙羅の力も借りて、初めてそれは可能になるのだが……。

 いま紫音がうわごとのように語った言葉の羅列は、彼女に突然降りてきた何ごとかのイメージだったのか。

 あるいは近い将来の…。

【阿黒津】「……」

 阿黒津は理知的な顔を思案に曇らせる。

 その瞳はぐったりと横たわる紫音をとらえながら、さらにその先にある真実をたぐっているかのようだった。

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1999 (C)Cyberworks co. / TinkerBell 「Voice〜君の言葉に僕をのせて〜」