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■校門前

 死屍累々――とはまさにこのありさまをいうのだろう。

 といっても、本当に死んでいるわけではないが。

 龍姫のまわりには男たちが無残に転がっている。戦いの成れのはてである。

 女生徒の勧誘員は逃げ出したらしい。

【龍姫】「ふん…たわいのない」

【龍姫】「さあ、鳳殿っ! 拙者と──」

【龍姫】「──って……」

 龍姫以外誰も立っている生徒の姿はない。

 きーんこーん、かーんこーん……。

 チャイムが鳴り出し、龍姫の耳朶をなでていく。

【龍姫】「……」

 龍姫は遅刻だった。

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■教室−ホームルーム前(朝)

【澪】「おはようっ」

 澪が挨拶すると、クラスからも同じような声が返ってくる。

【七瀬】「おはよう、澪ちゃん」

【澪】「おはよう、七瀬ちゃん」

 当然いずみもいる。

【いずみ】「おはよーな、澪ちゃんに、七瀬も」

【七瀬】「いずみちゃん…今日は遅かったんだね。いつもは早いのに」

【いずみ】「はは…まあ、いろいろあって……」

 苦笑するいずみ。

 ぎりぎりに入ってきた澪も、つられてバツの悪そうな顔になる。。

 澪といっしょに入ってきた薫の方は、さっさと自分の席についている。

 そういえば…と澪はきょろきょろとあたりを見渡す。

 岩男はすぐに見つかった。
 昨日のことはともかく、とりあえず、様子はいつもと変わらないようには見える。

 岩男はすぐに澪に気が付く。

【澪】「あ…えー、あの……おはよう、熊野くん」

 ちょっとぎこちないが、昨日の今日だし、こればっかりは仕方がないな、と澪は自分でも思う。

【岩男】「…おう」

 ぶっきらぼうだが、たしかに岩男は返事をしてくれた。

 よかった。
 澪の表情から、自然と笑顔がこぼれた。

【岩男】「あー、あのよ、鳳さん……」

 岩男が小声でぽそぽそという。

【澪】「え…何、熊野くん」

 澪は、岩男のそばに寄っていく。

【岩男】「昨日は、その、悪かったな。あんたには。あのいけすかねえ鳳のやつはともかくよ」

 びっくりして、岩男を見つめる澪。

【岩男】「しばらくはおとなしくしといてやるよ。ふん、いずれまたやつとは勝負するがな」

【澪】「…うん、わかったよ」

【澪】「……しばらくが、ずっと続くといいね」

【岩男】「ふん」

【澪】「で、そうご主人さまに伝えておけば、いいの?」

【岩男】「あー、いい、伝えなくていい」

【澪】「そう。…でも…よかった、怪我もなくて」

【岩男】「ふん。頑丈なのが俺流よ」

 ……。

 澪が岩男から離れると、さっそくいずみが好奇心に目を輝かせながら、訊ねてきた。

【いずみ】「み〜お〜。あんた、もう熊野と仲良くなったの?すごいじゃない」

【澪】「仲良くというか…どうなんだろ。嫌われてなければ…いいんだけど」

【いずみ】「あいつ…でかい図体して、案外人見知りが激しいからね〜。硬派だか何だかでごまかしてるけど」

【澪】「そうなの?」

【いずみ】「そうよー。この間もねー…」

 いずみの口調にはまったく遠慮がない。

【七瀬】「いずみ…ねえ、いずみちゃん……」

 話の腰を折って、七瀬がいずみの制服を引っ張った。

 彼女はすでに席についている。
 七瀬の机のところで、澪たちは話をしている。

【いずみ】「うん、何、七瀬。いまいいとこ──」

【七瀬】「せんせい、来てるよ」

【いずみ】「あ」

【澪】「わ」

 いつの間にかみんな着席しており、担任の視線が彼女たちをにらんでいた。

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■教室−昼休憩

 午前の授業が終了した。

 澪には見るもの聞くもの新鮮で、時間はあっという間に過ぎていくように感じられるのだが、どうもクラスの皆はそうではないらしい。

 そのうちボクもみんなみたいに退屈になったりするのかな。

 なんて思ったりもするが、まあ、先のことはわからないし、いまが楽しいんだからいいや、と澪はあまり深く考えないことにする。

 休憩…というか、昼食の時間である。

 薫は昼の陽射しに当たりながら、ぼーと窓の外をながめている。

 ――邪魔したら…ご機嫌が傾きそうな気がする。
 なんとなく。

 そもそも澪は、薫から、学園ではあまりくっつかないよう、好きに過ごすよういわれている。

【澪】「どうしよっかな…」

 いずみたちがいるところに行く。

 具体的には七瀬の席のところだが。

 このふたりは大抵ここに集まる。

 多分七瀬が腰を浮かせる前に、いずみの方から先に寄っていってしまうのだろう。

【澪】「いずみちゃ〜ん…」

 澪がとことこそばまで行くと――。

【いずみ】「ん…ああ、澪ちゃん」

【七瀬】「場所…開いてるよ」

【いずみ】「いっしょにご飯食べよっか〜?」

 見ればふたりともちょうど机にハンカチを引いて、お弁当をひろげたところだった。

 いくつもの小さい容器に小分けにされた、非常に女の子らしいお弁当である。……まあそれはいいのだが……。

【澪】「……うー…ええと……」

 澪は少し困ってしまって頭をかいた。

 よく考えたら澪はお弁当なんて用意していない。

【澪】「あー、ごめん。ボクお弁当持ってないんだ。食堂ってあったよね? パンも売ってるかな…」

 残念そうにふたりから離れようとする澪の手を、いずみが、はっし、とつかむ。

【澪】「あっ」

【いずみ】「まあまあ、そんなつれないこといわないでさ〜」

【いずみ】「ちょっとこれだけの量、食べきれないからさ、半分お願いできるかな」

【七瀬】「わたしも、食が細いから…」

 ふたりは澪の返事も聞かず、ほいほいフタの上のご飯やらおかずを乗せはじめる。
 強引なことこの上ない。

 しかし無理にでもこうしないと、口先だけでは、澪は遠慮して食堂を選んでしまうだろう。

 その心づかいが澪の心にも染み入ってくるようだった。不覚にも、ぐっとこらえないと涙がにじんでしまいそうになる。

【澪】「ありがとう……」

【いずみ】「別に礼いわれるようなことはしてないって。食べきらないんだから、私がお礼いいたいくらい」

【七瀬】「そうだね…ただ、お口に合えばいいけど…」

【澪】「ええ、合うよ、合う。ボク好きキライないし…」

 味の好みと好き嫌いはまた別の問題だが、まあそれはこの際置いておく。

【澪】「でも…なんか…悪いかな……」

 恐縮していう。

 澪の前には、ふたりから半分ずつわけてもらったことで、山盛りのお弁当が出現していた。

【澪】「あは…うん、ありがとね…」

 結局、澪の分が、一番量が多かった。

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 昼の休憩もそろそろ終わろうとしている。

 グランドなり図書館なり、思い思いの場所に出張っていた生徒たちも、三々五々、戻ってくる。

 お昼休みの途中、ふらりとどこかへ消えていた薫も、いまはおとなしく席についている。

【澪】「ねえ…ご主人さま…」

【薫】「うん…?」

【澪】「お昼に姿が見えなかったけど、どこに行ってたの?」

【薫】「食事」

【澪】「食事って…学食?」

【薫】「他にあるのか?」

【澪】「別行動もいいけど、ひとりで行くんだったら、ボクも誘ってくれたらよかったのに…」

【薫】「…クラスで噂になると困るから…」

【澪】「は?」

 澪は、聞き間違いかといった顔で、薫をまじまじと見る。

【薫】「…というのは冗談だが…」

 カクッ…澪がずっこけモーションになる。

【澪】「あ、あのー、なんだか、ご主人さま…変わったね…」

【薫】「だから冗談だ」

 ご主人さまに限って、そういう冗談なんて死んでもいうわけないと思ってたんだけど…。

 そんな言葉が喉まで出かかるが、もちろん澪はぐっとそれを呑み込む。

【澪】「うぅん…その…今度はいっしょに行こうね」

【薫】「おまえは友達とお昼を食べたらいいだろう」

【薫】「せっかく学校にも来たんだから」

【澪】「ええ…うーん…それはそうなんだけど……」

【澪】「うん、そうだっ…みんなで食べればいいじゃない」

【薫】「みんな?」

【澪】「うん、みんなっ。いずみちゃんに七瀬ちゃん、沙羅さんや熊野くんだって呼べばくるかもしれないよ」

【薫】「……」

【澪】「きっと、みんなで食べれば楽しいよ」

【薫】「澪は仲良しさんだね」

【薫】「…僕は友達少ないから…それに人見知りする質なんだ…残念だなあ」

【澪】「ちょっとぉー、ご主人さま〜。そりゃ断るとは思ってたけど、もうちょっとマトモな理由をでっちあげてよ〜」

 腰に手をあてながら、澪はため息をつく。

 ……こんな風に昼休憩はつつがなく終わり、午後の授業に移っていくと思われたのだが…。

 やはり騒動は薫たちを簡単には放してくれないようだった。

 クラスに飛び込んできた――といってもそれはあくまで隙のない静かな歩みだったのだが――人物によって、ささやかな平穏はあっさりと破られた。

【生徒A】「おい、あれ…」

【生徒B】「剣豪同好会の…」

【生徒C】「西条龍姫ちゃうん…?」

 そんなひそひそ話を、女生徒の黄色い声が肯定してくれる。

【女生徒ズ】「きゃ〜、龍姫さまぁ〜〜〜」

 ――という具合に。

 もっとも、学園でも唯一の和装姿であろう龍姫を間違えようはずもないのだが。

 おまけに彼は真剣を常に肌身離さず佩いている。
 マスクは甘いが、結構な危険人物である。

【龍姫】「鳳殿のクラスはここですか?」

 女生徒のひとりが、薫の方を指差す。

【澪】「ご主人さま〜、朝の人だよ…。やっぱり今朝のこと、怒ってるのかな…」

【薫】「怒ってようが何だろうが、こちらに非はないんだ。こういうときは卑屈になる必要はない」

【澪】「ご主人さまだったら…いくら非があったとしても、卑屈になるくらいだったら舌噛んだ方がマシとかいいそうだなぁ」

【薫】「……」

 生徒たちの間を器用に縫って、龍姫の歩みはよどみない。

 薫の前に立った彼の、その面はおだやかで、余計な感情は見て取れない。

 が、無論用もないのにこんなところまでやってくるはずもない。

【薫】「何だろう」

 龍姫、それには答えず、静かに懐に手をしのばせる。

 そして出てきたものは――一通の書状。

 書状というか、まあ、手紙なのだが、龍姫が手にしていると、なぜかそう呼びたくなる。

 ぱさり、と薫の机にそれを置く。

【薫】「……ラブレター?」

【龍姫】「たしかに渡した」

【龍姫】「鳳殿、よろしくお願いする」

 薫の軽口も相手にせず、龍姫は几帳面に礼をすると、来たときと同様、さっそうと辞去したのだった。

【女生徒ズ】「ああん、龍姫さま、行ってしまうのねぇ〜〜〜」

【澪】「ホントにラブレターだったりして……」

 何かをあきらめたような、投げやりな口調で、澪はつぶやいた。

【男子生徒】「果たし合いだぁ〜〜〜っ!!」

 誰かが叫んだ。

 ざわ、ざわざわ…。

 教室に波紋のようにざわめきが伝播する。

 なるほど、たしかに表には「果たし状」と書いてある。

 ……やはり騒動は薫たちを簡単には放してくれないようだった。

 あるいは薫が望んで引き寄せているのか…。

 薫の皮肉めいた顔色からは、事態に対するどんな感情もうかがい知ることはできなかった。

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1999 (C)Cyberworks co. / TinkerBell 「Voice〜君の言葉に僕をのせて〜」