2029年。
ロボット工学は、大きく発展を遂げ、姿形まで人間とほぼ遜色のない物を作り上げる事が出来ていた。
皮膚、筋肉、体内組織、骨格など、全てに置いて、人間と見間違えるほどになっていた。
さらにプログラムされたデータが、人間と同じ行動を可能にしていた。
残るは、人間と同じ考え持つ事。
すなわち「感情」を持ったロボットの誕生を、研究者達は生み出そうとしていた。
そう、プログラムした事以外の事を出来る、完全に人間と同じように活動できる素体を生み出そうとしているのだった。
ロボット産業の第一人者で、なおかつ大企業でもある、篁グループが『エアリス』プロジェクトを始動させて、もうすでに2年の歳月が費やされていた。
その間にも試作品が何体も生み出され、その度に良き結果を生みだしていた。
それらを経て、長年研究者達が夢見てきたプロジェクトもようやく最終段階へと向かっていた・・・。
研究室の一室。
そこには無駄と思われる物は一切なく、精密機械が立ち並び、そしてそれらが正確に起動されるよう清潔な空気、適温が保たれていた。
その部屋の中央には、完全に一人の人間と見紛うようなロボット、『エアリス』がカプセルの中の羊水で、穏やかに眠っていた。
そのとなりの部屋は、『エアリス』の様子を詳細に知る事の出来るモニター室だった。
大画面のプロジェクターには、『エアリス』の心拍機能、その他細かいデータが映し出されている。
システム一式を管理している青年が、『エアリス』が穏やかに眠っている部屋の中で彼女の様子を見守っているもう一人の青年、『佐伯 貴博』に、プロジェクターに映されていた彼女の微妙な変化を伝えるため、繋がっているマイクに向かって話しだした。
『よぉし、『エアリス』の意識が目覚めはじめた。貴博、何か話して見ろよ』
「わかった・・・『エアリス』、聞こえるかい?」
貴博は、『エアリス』の眠るカプセルに近づき、羊水の中に浸かっている彼女に向かって優しく話した。『エアリス』は、静かに身体を揺すると声のする方にゆっくりと向いて、目を開きかける。
「『エアリス』・・・もう少し、あともう少しで君と話す事が出来るね・・・」
優しげに微笑みかけている貴博に、『エアリス』はこくりと微笑みながら頷いた。
「もうすぐ、もうすぐだからね」
貴博は、カプセルに軽くキスすると、もう一人の青年の方を向いて何か話しかけていた。
『エアリス』は、貴博の方を向いたまま、嬉しそうに微笑むと、再び眠りについた。
『エアリス』は、徐々に目覚めの兆候にあった。身体の成長も順調に進み、一時的な目覚めの感覚も頻繁に訪れるようになっている。
『これで、良い正月を迎える事が出来るな』
「ああ、長かったよ、本当に・・・」
2030年正月。変わらず研究所内には誰かしらスタッフが常駐していた。
しかし、研究も最終段階に向かって安定した状態が続いているため、その人数は少ない。
今日も貴博と、その同僚の友人が当番となっていた。
たわいもない世間話を部屋越しにしながら、いつも通りの作業を二人は進めていた。
その時、プロジェクターには、『エアリス』が目覚めることを示す数値が表示されていた。
『おい、『エアリス』が起きたぞ』
青年は、彼にそう告げると、貴博は自分の作業の手を止めて、『エアリス』のカプセルを覗き込んだ。
「『エアリス』、明けましておめでとう」
話しかけた貴博の言葉に、羊水の中で『エアリス』は反応すると、不思議そうに首を傾げていた。
「新しい年明けだよ、君にとっても、君に関わったみんなも、この地球上の、全ての人にも」
『エアリス』は、貴博の言葉に記憶をたぐり寄せるようにしながらも、その言葉に微笑んだ。
「今日は、おめでたい日なんだよ。君と一緒に迎えられる事を、僕は嬉しく思ってる」
『おいおい、ある意味彼女に浮気してるよな、その言葉は!』
貴博に冗談めかして言いながら、同僚が大きな声で笑った。
「おいおい、『エアリス』が起きてる時に変な事言うなって。『エアリス』、何でもないからな」
『エアリス』は小首を傾げて、二人のやりとりを考えていたようだったが、貴博の言った言葉に微笑むことで返事をした。
『はいはい、済まなかったな』
と、侘びの言葉を言いつつもまだ笑っている同僚を後目に貴博は、『エアリス』の方を向くと改めて微笑みかけた。
「ゆっくりおやすみ、『エアリス』。もうすぐだからね・・・」
研究所内は、慌ただしくなっていた。
いつもよりも所内には人が集まり、ようやく完全に目覚めようとしていた『エアリス』を出迎えるためにカプセルの周りを取り囲むようにしていた。
プロジェクターの数値が安定するのを待って、カプセル内の羊水をゆっくりと抜いていく。
『よし・・・『エアリス』が起きるぞ!』
羊水が全部無くなると、自動的にカプセルが機械的な音を立てて開いた。
部屋でその様子を見守る全員が固唾を飲む中、貴博はカプセルの中を覗き込みながら、『エアリス』に優しく話しかけた。
「『エアリス』・・・起きなさい」
「んっ・・・」
まるで、人間が普通に朝目覚めるように呻くと、光を遮るように手で顔を覆ってしまう。
『エアリス』のその様子に、一喜一憂する全員。
貴博は、そんな中、子供をあやすように、優しくエアリスを目覚めさせようとしていた。
「ほら、ゆっくり目を開けてごらん」
「は・・・い」
あくまで優しい貴博の呼びかけに、『エアリス』はゆっくりと返事をしてだんだんと目を開けていった。
「おはよう、『エアリス』」
「・・・うわぁ」
「どうした?」
貴博は、『エアリス』が感激しながら、ゆっくりと身体を起こしていくのをサポートしながら優しく問いかけた。
「うん・・・ここって、こんな色、してるんですね」
「色?」
「知識として持っていても、実際に感じた色とは全然違う・・・綺麗、です」
今の今まで羊水の中で過ごした『エアリス』には、その羊水の色を通してしか物を感じることが出来なかった。
まるで新しい物を見て喜ぶ子供のように目を輝かせながら、『エアリス』は研究所内の施設や人々を見て微笑んでいた。
「そうか。でも、ここよりももっと、綺麗な物はいっぱいあるよ」
「・・・それを、あたしに教えて下さるんですよね、マスター?」
ゆっくりとカプセルの中から出ると、『エアリス』は貴博の方を向いて嬉しそうに笑いながら尋ねた。
「ああ、君が望むなら、僕も、ここにいるみんなも、色んな事を教えてくれるさ」
少々大げさに、『エアリス』の方を向いている所員達を指し、返事を促すと、貴博のそれに答えるように皆も頷いて、エアリスの誕生を心から祝福しているようだった。
「はいっ! よろしくお願いします、マスター、皆さん」
『エアリス』は、満面に笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げると、声を弾ませて貴博の方へと歩いていった。
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